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東京高等裁判所 昭和63年(う)326号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一〇年に処する。

原審における未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池末登志博、同小林勝が連名で提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、訴訟手続の法令違反等を主張する点について

所論は、要するに、本件公訴事実は、被告人が当初、手拳や石で被害者Aを殴打して転倒させた加害行為(以下「第一加害行為」という。)は、殺意をもってなされた行為ではなく、その後、転倒している同女の顔面、頭部を大谷石やコンクリート塊で殴打し、スコップの先で顔面を突き刺した行為(以下、「第二加害行為」という。)が殺意をもってなされたものであるとして、その訴因を構成しているが、原判決は、第一加害行為についても、「同女が死に致るのも意に介せず」として、未必の殺意を認定し、第二加害行為は、確定的な殺意をもってなされたものである旨認定しているところ、第一加害行為の殺意の点に関する原認定は、右の訴因の範囲を超えるものであり、訴因変更の手続を経ずに、被告人に防御の機会を失わせて不意打ち的に第一加害行為について未必の殺意を認定した原判決には、刑訴法三七八条三号所定の「審判の請求を受けない事件について判決をした」違法ないしは同法三七九条所定の訴訟手続の法令違反があり、しかも、原判決によれば、殺意発生の時点が第一加害行為時なのか第二加害行為時なのかによって、責任能力の判断を異にすることになるから、右の訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して所論の当否を検討する。

本件公訴事実は、「被告人は、昭和六〇年一一月二六日午後零時三〇分過ぎころ、群馬県邑楽郡〈住所省略〉B方庭先において、A(死亡当時六〇年)から母親に対する暴行などのことを注意されて憤激し、いきなり右Aの顔面を右手拳や右手に持った石塊などで数回殴打して転倒させたが、憤激の余り殺意をもってコンクリート塊(重さ約17.5キログラム)や石塊などで仰向けに転倒している同女の顔面・頭部を数回殴打し、更に通称細スコップの先で同女の顔面を数回突き刺し、よって同女をして、同所で、間もなく頭部及び顔面打撲による脳挫滅により死亡させて殺害したものである。」というものであるところ、原判決は、被告人がAから、母親に乱暴をしては駄目だと諫言されたことなどに激昂し、「同女が死に致るのも意に介せず、」同女の顔面を手拳で殴打したり、頭部を石一個(重さ1.6キログラムのもの)で殴打した結果、同女が転倒して大の字になったまま動かなくなり、同女の頭部から血が流れ出すのを認めるや、同女を殺害したものと思い、気も動転して自宅に戻ったものの、精神的に極度に興奮して心因性もしたは情動性のもうろう状態に陥り、スコップ一丁を持ち出して再度右B方庭先に至り、「興奮のあまり確定的な殺意をもって、」倒れている同女の顔面を、付近にあった大谷石一個(重さ9.5キログラムのもの)やコンクリート塊三個(重さ17.5キログラムのもの、重さ一〇キログラムのもの、重さ20.5キログラムのもの)で殴打し、あるいは、右スコップの先端で顔面を突き刺すなどの暴行を少なくとも十数回以上反復し、同女に頭部及び顔面打撲による脳挫滅の傷害を負わせ、よって、同女を右傷害によりそのころ同所で死亡するに至らしめて殺害した旨の事実を認定したことが明らかである。

そうだとすれば、本件訴因と原認定との間には、ともに被告人がAを殺害したという基本的な事実について異なるところはないが、殺意発生の時期に関し差異が存することは明らかであり、原判決は、所論の指摘する第一加害行為に未必的にもせよ殺意を認めた点で訴因の範囲を超えた事実を認定したものといわざるをえない。しかも、原判決は、被告人は責任能力を有する状態で未必的な殺意のもとに第一加害行為に及び、その結果招いた事態により、心神耗弱状態(心因性もしくは情動性のもうろう状態)に陥ったのであるから、たとえ心神耗弱状態に陥った後に確定的な殺意を生じたものであるとしても、右時点以後の行為について刑法三九条二項を適用することは社会正義に反し許されない旨の判断を示して、被告人が本件犯行当時責任能力を欠いていた旨の原審弁護人の主張を排斥しているのであり、仮に、第一加害行為について殺意が認められなければ、原判決のもとでは、被告人の責任能力について、右と異なった判断がされたはずである。また、本件訴因と原認定とでは殺意の発生時期とその状況等を異にしており、この点のいかんは犯情を考えるうえでも決して軽視できないところである。しかも、原審における主張、立証の経緯をみると、検察官側はもとより、被告人側も第一加害行為は殺意をもって行われたものでないことを当然の前提とし、専ら本件訴因に即して訴訟活動を行っていたことが容易に看取されるのであって、この点について、被告人側に防御の機会が十分に与えられていたとも認め難い。

してみると、原審が第一加害行為について、その判示するような未必の殺意を認定するためには、訴因の変更を要するものといわざるをえないが、記録上、原審がこの手続を採っていないことは明白であり、右の訴訟手続の違法が、原判決に影響を及ぼすことは明らかである。従って、原審が審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるとはいえないが、訴訟手続の法令違反をいう論旨は理由があり、原判決はまずこの点において破棄を免れない。

控訴趣意中、事実誤認を主張する点について

所論は、要するに、原判決は、被告人が第一加害行為をAが「死に致るのも意に介せず」行ったものであるとして、未必の殺意を認定し、その後の第二加害行為は、確定的な殺意をもってなされたものである旨認定しているところ、第一加害行為の動機、態様等から判断すると、第一加害行為について未必的にもせよ殺意を認めることは困難であり、この点で原判決には事実の誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して所論の当否を検討する。

まず、第一加害行為の動機、態様についてみると、関係証拠によれば(なお、原判決は、「証拠の標目」において、「罪となるべき事実」を認定した証拠として、被告人の司法警察員本多幸一(原判決が「本田」と摘示しているのは誤記と認める。)に対する昭和六〇年一一月二六日付、同年一二月二日付、同月八日付、同月一三日付、同月一六日付各供述調書を掲記しているところ、これらは、鑑定の資料に供するため、被告人の精神状態を立証趣旨として証拠調べをされたものであって、本件犯行の客観的状況の認定の用には供することができないものであるから、原判決には、この点で訴訟手続の法令違反があるというべきであるが、これが判決に影響を及ぼすことが明らかなものとまでは断じがたい。以下の犯行状況の検討において、被告人の司法警察員に対する右各供述調書を除外していることはもとよりである。)、被告人は、原判示の日時ころ、自宅において、母親から小言をいわれたことなどに腹を立て、母親の首の後ろをつかんで突き飛ばすなどし、更に、母親が隣家のB方の庭に逃げ込むのを追い掛けて行き、その背中を突き飛ばして転倒させ、見かねたBの妻Aから、その乱暴をたしなめられるや、今度はAの方にかかって行き、その背中を叩くなどし、Aが母親に対し警察へ連絡するよう頼み、母親がこれに応じて出て行くと、ますます憤激し、Aの顔面を手拳で殴打したり、付近にあった重さ約1.6キログラムの石(昭和六三年押第九九号の三)でその頭部を二、三回殴打するなどし、同女を転倒させたことが認められる。

ところで、Aに対するこのような第一加害行為の動機をみると、被告人は、自分が母親に暴力を振っているのを、Aに見咎められて注意を受けたことや、同女がこれを警察沙汰にしようとしたことを切っ掛けに、腹立ち紛れに暴行を加えたものと考えられるが、この程度の事情は、通常殺意を形成するのに十分なものとはいえないし、また、本件犯行に至る以前において、被告人が同女に対し怨恨や敵意を抱いていたとか、暴力沙汰に及んだことがあるといった特段の事情も見当たらないから、当時被告人が酩酊状態にあったことを勘案しても、先にみたような動機は、たとえ未必的にもせよ、同女の殺害を意図させるほど深刻なものであったとは認められない。また、暴行の態様をみても、被告人が第一加害行為に用いた石は、その用法のいかんによって人の死を招来する危険性がないとはいえないが、殺意の有無を認定するという見地からみると、その大きさ、形状、重量等からみて、凶器自体の持つ危険性は、特に高度のものであったとは認め難く、しかも、被告人は、たまたまその場に落ちていた右の石を取り上げ、同女の頭部を二、三回殴打したにとどまるもので、凶器の選択は偶発的な事情に左右されているうえ、犯行の態様も特に執拗なものであったとは認め難い。これら犯行の動機、態様、凶器の種類、用法などを総合してみるとき、攻撃の部位が人体の枢要部である頭部、顔面であることを考慮に入れても、第一加害行為について、たとえ未必的にもせよ、殺意を認定することには疑問が残るものといわざるをえない。

従って、原判決には、第一加害行為について殺意を認定した点において事実の誤認があり、先に説示したのと同様の理由により、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、事実誤認をいう論旨は理由がある。

以上のとおりで、訴訟手続の法令違反、事実誤認をいう論旨には理由があるから、その余の論旨について判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、本件控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三七九条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、中学校を卒業したのち、八百屋や寿司屋の住込み店員、自衛隊員、兄の経営する宝石加工業の手伝い等の仕事を転々とし、昭和六〇年八月中旬ころからは、職に就くこともなく、毎日のように自宅で酒を飲み、気にいらないことがあると両親に乱暴を働くなど、無為徒食の生活を送っていたものであるところ、同年一一月二六日、起床後、自宅でジュースで割ったウイスキーを飲んだ後、同日正午ころ、釣竿を作ろうとして自宅傍の竹藪の竹を切り、母親Cにその枝を払う道具を出してくれるよう頼んだが、母親から、よその竹を切るんじゃないと意見されたのに腹を立て、母親の首の後ろをつかんで突き倒すなどしたことから、母親が難を避けるため隣家の群馬県邑楽郡〈住所省略〉B方へ逃れると、その後を追い、同家玄関前の庭でその背中を突き飛ばして転倒させたため、居合わせたBの妻A(当時六〇歳)に「D君、母ちゃんなんか年を取っているから、いじめたり、叩いたりするな。」などと諫められると、これに憤慨して、同女の背中を叩いたりし、成行きを案じた同女が母親に対し、「早く、警察に電話して。」と促したのに応じ、母親が急いでその場を出て行くと、ますます憤激し、Aと言い争いながら右庭先の南東隅まで移動し、その間、同女の顔面を手拳で殴打したり、その場にあった重さ約1.6キログラムの石一個(昭和六三年押第九九号の三)で同女の頭部を二、三回殴打するなどし、同女がその場に仰向けに倒れると、興奮のあまり、同女を殺害してしまおうと決意し、同日午後零時三〇分ころ、同所において、付近に置かれてあった重さ約9.5キログラムの大谷石一個(前同押号の四)及び重さ約17.5キログラム、重さ約一〇キログラム、重さ約20.5キログラムのコンクリート塊三個(前同押号の二、五、六)を持ち出し、その場に仰向けに倒れて動かなくなっている同女の頭部や顔面をこれらで殴打するなどし、その後いったん自宅に帰り、物置からスコップ一丁(前同押号の一)を取り出して、再びB方庭先に立ち戻り、右スコップの先端で同女の顔面を突き刺すなどし、よって、そのころ同所で、頭部及び顔面の打撲に基づく脳挫滅により同女を死亡するに至らしめて殺害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の被害者に対する本件加害行為を、当初の手拳及び石一個による頭部、顔面の殴打からなる第一加害行為と、その後いったん自宅に戻って再び現場に引き返してからの大谷石一個、コンクリート塊三個による顔面の殴打並びにスコップの先端による顔面の突き刺しからなる第二加害行為とに区分できるとしたうえ、第二加害行為について殺意が認められるとしても、右は、被告人が心因性もうろう状態あるいは高度の情動性意識障害に陥った状態で行われたものであるから、被告人の責任能力には著しい限定があって、その程度は責任無能力に近い心神耗弱状態にあった旨主張するので、以下検討を加える。

1  まず、弁護人のいう第二加害行為の時期、内容については、被告人の検察官に対する前掲各供述調書によれば、被害者の言動に憤激した被告人が、弁護人が第一加害行為として主張するような内容の暴行を加え、仰向けに倒れて動かなくなった被害者を見るや、一段と興奮を募らせた挙句、殺意をもって大谷石やコンクリート塊で被害者の頭部、顔面を殴打し、その後いったん自宅に赴き、物置からスコップを持ち出して現場に引き返し、右スコップの先端で被害者の顔面を何回も突き刺した旨供述しているところ、右の供述は、内容も自然で、記憶の不鮮明な点はそのように述べられており、格別誘導の跡もうかがわれないばかりか、被告人がスコップを取りに帰宅した際、既に両手や両袖口部分を含む着衣の各所に多量の血を付着させていたことが、たまたま被告人宅に来合わせたガス検針員により目撃されていることなどにも照らすと、その信憑性は高いものと認められる。一方、被告人の原審第六回公判期日における供述中には、一見弁護人の主張に沿うかのような部分もないではないが、同公判供述中のその余の部分並びに第一、第七、第一一回各公判期日における供述を通してみれば、被告人の原審公判供述は必ずしも右検察官調書の内容と相容れないものではなく、結局、弁護人のいう第一加害行為に続く被告人の被害者に対する加害行為の時期、内容は、判示のとおりと認定するのが相当である。そして、以上の関係各証拠によれば、被告人は本件犯行の大筋についてかなりの具体的記憶を有していることも肯認できるものというべきである。

2  次に、本件事案の経緯及び内容は、右1の点を含め既に認定したとおりであるところ、被告人は、以前から飲酒のうえ父母に暴力を振るうことがあったもので、本件当日も、ウイスキーを飲み、母親のささいな言動に腹を立て、母親に乱暴を働き、被害者にこれを見咎められて諫められたため、憤慨し、同女に暴行を働くようになったことが認められ、被告人の日頃の行動傾向をも踏まえると、犯行の発端に異常と目すべき事情はなく、その後も、被告人は、被害者が母親に警察への連絡を頼んだことから、ますます憤激し、被害者に対する暴行の程度を強めて、手拳や石で殴るなどし、同女が転倒して動かなくなったのを見るや、激情のおもむくまま、同女の殺害をも決意して、大谷石やコンクリート塊で殴る、スコップで突き刺すなどしたものと認められ、これは、被告人が自らの作り出した事態の進展に刺激されて、興奮の度を高め、次第に攻撃的になり、見境のない暴力を振るうに至った状況を示すにとどまるとみられないではない。更に、被告人は、被害者が完全に死亡したことに気付くと、犯跡隠蔽のため死体を運び去ろうと企て、近隣から軽四輪貨物自動車を借り受けて、現場に立ち返り、また、その直後、被告人を捜していた警察官から職務質問をされると、当初犯行を否認し、警察官の追及を受けて犯行を認め、抵抗することなく、逮捕に応じていることが認められ、このような犯行後の被告人の言動のうちにも、特に異常と思われるようなところは見当たらないばかりか、これら犯行後の行動については、被告人もこれを記憶し供述していることが認められる。

これを要するに、右にみたような本件犯行の発端から犯行後の言動に至る一連の経過は、被告人の平素の性格や行動傾向と異質で支離滅裂なものではなく、それなりに脈絡が通っていて、了解可能なものということができる。

3  当審鑑定人武村信義(同鑑定人作成の鑑定書、同鑑定人の証言)は、被告人の精神状態については、精神病や精神障害は否定されるが、知能は正常と精神薄弱との中間の境界知能程度であり、性格は未熟で、自己制御力が薄弱、情性が希薄であるなどの偏りを有し、その未熟性と偏りは高度であることが指摘されるとし、また、本件犯行時の被告人のアルコールによる酩酊状態は尋常酩酊にとどまるとしたうえ、被告人が本件犯行当時高度の情動性意識障害の状態にあったか否かについて、行為に関する記憶障害、行為の原因、動機及び犯行に至る精神的状況、行為の無秩序性、無目的性、無計画性、無予見性及び人格異質性、犯行後の精神状態、医学的布置条件等のメルクマールを詳細に考察したうえ、本件犯行が被告人の責任能力に重大な影響の及ぶような高度の情動によってなされたものではないと判断されるとしており、その内容は前記1及び2において検討したところとも良く整合していて、これに疑問を差し挾むべきところは格別見出し難い。

4  他方、原審鑑定人内藤明彦(鑑定書、証人尋問調書)及び同中田修(鑑定書)は、被告人の知能、性格特性並びに酩酊状態については武村鑑定人と同旨のものと判定し、被告人は本件犯行に際し、被害者を大谷石やコンクリート塊で殴打し、スコップで突くなどしてから、警察官に逮捕されるまでの間は、心因性もうろう状態あるいは高度の情動性意識障害の状態にあって、責任能力に著しい限定があったとしているが、第一加害行為以後における暴行の内容を、当裁判所の認定と相容れない弁護人主張の前記第二加害行為の内容とほぼ同様のものとしてとらえているうえ、被告人が第一加害行為により被害者を殺してしまったと思い込んだこと、被告人の第二加害行為以後の記憶が断片的であることなど、その判断の前提とされた事実関係に疑問が残るので、右の鑑定結果はにわかに採り難い。

5  以上によれば、被告人は、知能が境界知能程度で、性格的にも高度の未熟性と偏りを有しているものであるところ、本件犯行当時、飲酒酩酊のもとで、ある程度強い情動に支配されてはいたが、心因性もうろう状態等には至っておらず、自己の行動の是非善悪を弁別し、あるいはこれに従って行動する能力に著しい障害まではなかったと認められるから、被告人が心神耗弱の状態にあったとする弁護人の主張は、これを採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、後記量刑の理由により、被告人を懲役一〇年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中四〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、日ごろ顔見知りの隣家の主婦である被害者から、母親に暴力を振るっている現場を見咎められ、注意を受けたことに端を発し、これに憤激して、非力無抵抗の被害者の顔面や頭部を手拳と石で殴打するうち、犯行前の飲酒の影響も加わって興奮を募らせ、被害者に対し、判示のような情け容赦のない熾烈な暴行を加え殺害した事案であるが、被告人がこのような犯行に及ぶについては、被告人の未熟で抑制力に乏しい性格の偏りが大きな原因となっていることは明らかであるところ、このような性格の形成には被告人の生育環境が大きく寄与しているものと考えられ、その意味では、被告人の行状のすべてについて同人を責めることはいささか酷に失するものといえなくもない。しかしながら、執拗で残忍目を覆わしめる本件犯行の態様及び結果の重大性に加え、遺族の受けた精神的苦痛の深刻さ等に照らせば、被告人の刑事責任は極めて重大であるといわなければならない。ただ、被告人は、これまで道路交通法違反の罪により三回罰金刑に処せられたことはあるが、そのほかには前科はなく、被告人の親族が被害の弁償に当てるため三〇〇万円を供託していることなど被告人のために酌むべき事情もあるので、これらを勘案のうえ、被告人に対しては、懲役一〇年の刑を科するのを相当と認めた。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柳瀨隆次 裁判官横田安弘 裁判官井上廣道)

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